わたしに聞け。強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない。わたしの救いは遅れることがない。わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの栄光を与える。(イザヤ書46章12節ー13節)
1.伝道者の書3章1節ー11節
2.ローマ人への手紙11章25節ー12章1節
3.ピリピ人への手紙3章17節ー4章1節
4.ペテロの手紙第二3章3節ー10節
主は「わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたが年をとっても、わたしは同じことをする。あなたがたがしらがになってもわたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。」とまず仰せられてから「わたしに聞け。強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない。わたしの救いは遅れることがない。わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの栄光を与える。」と、驚くべきことに、強情であっても、すなわち自分の考えに固執していても、正義から遠ざかっていても、すなわちパウロがイスラエルの民に関して「彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びによれば、父祖たちのゆえに、愛されている者なのです。(ローマ人への手紙11章28節)」と語っているように神との関係が薄くなっていても、驚くべきことに、主は真実な方なので、救いを、勝利を、主の栄光を与えることを約束されたのでした。私たちは真実でなくても主は真実な方であることを忘れずに、主は「わたしに聞け」と仰せられました。主の御心を表しているみことばを、伝道者の書3章11節「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(伝道者の書3章11節」を心に据えて、主の時を待ち望み、救い主であられ、すべてのことを益としてくださる主を信頼して生きるようにしようではありませんか。
