イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれた。(ルカの福音書8章8節)

1.イザヤ書46章3節ー12節
2.マタイの福音書17章1節ー8節
3.ローマ人への手紙10章8節ー17節
4.エペソ人への手紙4章17節ー21節

イエス様は大ぜいの人たちにたとえを用いて「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。」と語ってから様々な場所に蒔かれた種について話されながら、「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれると、弟子たちがその意味をイエス様に尋ねると「種は神のことばです。」と語ってから、「道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、あとから悪魔が来て、彼らが信じて救われることのないように、その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて、実が熟するまでにならないのです。しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかり守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。」と語ってから、「だから、聞き方に注意しなさい。」と仰せられました。黙示録2章と3章には七つの教会に当てたイエス様のメッセージがありますが、全ての教会の最後に「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」と命じておられます。旧約聖書においても「わたしに聞け」と、主に聞くように命じております。パウロも「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。(ローマ人への手紙10章17節)」と聞くこと、みことばの大切さを語っています。聞く耳のある者、実を結ぶ者となるために、通読する中でわからないところをわかろうとするよりも、気づかされたことを大切にし、礼拝においては、牧師先生を通して主が語ってくださることを心にすえて、メッセージを全てを理解しようとするような頭で聞くよりも、心で受けとめ、気づかされたことを主からの語りかけと受け止めて、心に植えつけられたみことばで生きるようにしようではありませんか。