助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにおすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)

1.ルカの福音書24章44節ー49節
2.使徒の働き2章14節ー42節
3.コリント人への手紙第一2章6節ー16節
4.ユダの手紙17節ー21節

イエス様は、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始めると、ペテロは「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずがありません。」とそのことが理解できないで、いさめるようなことをしましたし(マタイの福音書16章21節ー22節)、イエス様は殺されるけれども三日目によみがえることを何度も話されたにもかかわらず、週の初めの日にマグダラのマリヤが墓に行ってみると墓から石が取りのけてあるのを見てペテロとヨハネのところに行って「だれかが墓から主を取って行きました。」と報告したので、二人が墓に行き入ってみると亜麻布と頭に巻かれていた布切れを見てマグダラのマリアのことばを信じたのですが、イエス様が死人の中からよみがえらなけえばならないという聖書をまだ理解しなかったのは(ヨハネの福音書20章1節ー9節)、まだ聖霊が降っていなかったからではないでしょうか。イエス様が「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにおすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)」と仰せられたように、人を恐れて三度イエス様を知らないと言いましたが、イエス様が「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにおすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」と仰せられたように、ペンテコステの日に聖霊が降り、聖霊に満たされたペテロは人を恐れずに他の弟子たちと一緒に立ち上がって大胆に福音を語ったのでした。キリスト者となり聖霊に満たされたパウロは「どんな時にも御霊によって祈りなさい(エペソ人への手紙6章18節)。」「私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば肉の欲望を満足させるようなことはありません。(ガラテヤ人への手紙5章16節)」と勧告しています。ネヘミヤしにしもヨシャパテにしても祈る時、主の約束のことばをもって祈られましたし、ヨシュアは自分の考えや思いではなく、主のことばに従順に従って勝利を得たように、真の神を知ることができないこの世や人の知恵(コリント人への手紙第一1章20節ー21節)に惑わされないように、神がどのような方であるのかを明らかにしてくださった神の霊感によって書かれた聖書のことばをしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。