私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。(コリント人への手紙第二6章1節)
1.ローマ人への手紙5章20節ー6章8節
2.ガラテヤ人への手紙2章20節ー3章14節
3.エペソ人への手紙2章1節ー10節
4.ヘブル人への手紙12章14節ー15節
パウロはエペソの長老たちに「私が出発したあと、凶暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。あなたがた自身の中からも、いろいろ曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。」と警告されてから「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。(使徒の働き20章29節ー32節)」と語った背景には、ユダヤから下って来た人々が「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていたり、パリサイ派の者で信者になった人々が立ち上がって「異邦人にも割礼を受けさせ、また、モーセの律法を守ることを命じるべきである。」と言ったために、パウロとバルナバ、ペテロをはじめとする弟子たちと彼らの間激しい論争があったからではないでしょうか(使徒の働き15章)。パウロは「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちより多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(コリント人への手紙第一15章9節ー10節)」と、コリントの聖徒たちに語ってから「私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。」と神の恵みを無駄にしない生き方をするように願われたのでした。「むだにする」ということはその意味を失ってしまうことではないでしょうか。パウロはユダヤ人が神に対して熱心であってもその熱心さは正しい知識に基づくものではないことを指摘され(ローマ人への手紙10章2節ー5節)、ガラテヤの聖徒たちに「私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。(ガラテヤ人への手紙3章21節)」と語ったのでした。十字架の恵みをむだにしないために、パウロのように教会を迫害しなくても、本来は滅ぶべき者であったにも関わらず、神の恵みによって義人とされ、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者とされていることを(ヘブル人への手紙10章39節)感謝し、主をほめたたえて生きるように心がけようではありませんか。