盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。(ヨハネの福音書10章10節)
1.詩篇23篇1節ー6節
2.ヨハネの福音書3章16節ー21節
3.ヨハネの福音書6章35節ー40節
4.コリント人への手紙第二6章1節ー10節
イエス様は「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。」と語るとともに「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」と対照的なことを語っています。イエス様はイエス様を殺そうとしているユダヤ人に対して「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしています。なぜなら、彼はいつわり者であり、また偽りの父であるからです。」と語っているように(ヨハネの福音書8章34節ー44節)、盗人とは、この世の人々を支配している悪魔であることを教えてくださっています。悪魔は「善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2章17節)」という神の警告を直接聞いていなかったエバに「あなたがたは決して死にません」と、神のことばを完全否定してから「。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」と、偽りをもってエバとアダムが罪を犯すように誘惑したのでした。悪魔の偽りのことばを信じてエバとアダムが食べたために主が仰せられたように人類に死が臨むことになったのですが、神は人類を死をもたらす罪や悪魔の手から救い出すために御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになり、十字架の死をもって、罪に対する神から下される罰や怒りから完全に救ってくださっただけでなく、復活をもって、死の力を持つ悪魔に勝利され、肉体は滅んでも、新しい栄光のからだを、永遠に生きることができる永遠のいのちを明らかにされたのでした。パウロは「あなたがたは自分の罪禍と罪との中で死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。」と、不従順の子ら、すなわち、イエス様を信じていない人々は自分では気がつかないことが多ですが、実はこの世を支配している悪魔や悪霊の影響を受けているだけでなく、神の怒りを受けるような状態であったことを語るとともに、そのような状態から救うことができるのはイエス様以外におられないことを、行いではなく、恵みによって救われることを語っています(エペソ人への手紙2章1節ー9節)。クリスチャンでノーベル文学賞を授与されたボブ・デユラン氏の作品の一つに「すべての人は誰かに仕えて生きている。悪魔に仕えているか、神に仕えているかのどちらかである。」という歌詞の曲があるそうです。満ち足りる心を伴う敬虔さに(テモテへの手紙第一6章6節)、心の豊かな人生を歩むために、この世の流れに流されないように、永遠のいのちが与えられていることを忘れずに、滅びゆくこの世よりも、天を目指して生きるように心がけようではありませんか。
