私の盾は神にあり、神は心の直ぐな人を救われる。(詩篇7篇10節)

1.詩篇33篇18節ー21節
2.ローマ人への手紙10章1節ー13節
3.エペソ人への手紙6章10節ー16節
4.コロサイ人への手紙2章15節ー3章2節

パウロは「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天のいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。」と勧めてから、「腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。」と、身につける武具について語っていますが、全てがキリストに関する物であるがゆえに、キリストを着ることを意味しているのではないでしょうか。次に「これらすべてのものの上に、信仰の大楯を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。」と、サタンの声に勝利する秘訣を語っていますが、イエス様を三度知らないと言って自分の信仰に挫折したペテロは信仰はキリストによって与えられるものであることを悟られたのでした。ですから、信仰の大楯は主なので、ダビデは「私の盾は神にあり、」と語ったのではないでしょうか。ダビデはさらに「神は心の直ぐな人を救われる。」と、語っています。ところで詩篇11篇7節に「直ぐな人は、御顔を仰ぎ見る。」と語っています。パウロは神の右に座しておられるイエス様のことをいつも思うようにテモテにもコロサイ人たちにも勧めています。私たちは、罪や死、サタンの支配から救われていますが、毎日私たちのたましいが世の汚れや肉の思いからの救いが必要です(ヤコブの手紙1章21節)。心な直ぐな人として生きるために、ヘブル人への手紙12章2節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないようにしなさい。」と勧めているように、心を天に向け、死からよみがえり、栄光に満ちておられる(黙示録1章14節ー17節)、天に座しておられる恵みとまことに満ち、私たちのために祈ってくださっているイエス様を仰ぎ見て生きるようにしようではりませんか。