「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない」とあなたをあわれむ主は仰せられる。(イザヤ書54章10節)

1.サムエル記第二7章8節ー16節
2.ヨハネの福音書10章23節ー30節
3.ローマ人への手紙8章28節ー39節
4.ヨハネの手紙第一4章9節ー19節

主は「たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず、わたしの平和の契約は動かない」と語っています。ですから、パウロが「私たちを、キリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、鶴城ですか。・・・私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後にくるものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ローマ人への手紙8章35節ー39節)」と語っているように、どんな状況下においても、私たちが罪を犯した時には人の杖、人のむちをもって懲らしめるようなことがあっても、それは放蕩息子の記事にみられるように、主に立ち返らせて祝福するためであり、神の愛(新改訳:恵み、口語訳と新共同訳:いつくしみ、英語訳:愛、サムエル記第二7章15節)は変わらないことを、十字架によって神との和解を成立してくださったキリストこそ私たちの平和であるために(エペソ人への手紙2章14節ー18節)、ダビデに約束された平和の契約(サムエル記第二7章10節ー16節)はキリストにあって成就されたがゆえに、動かない、すなわち契約破棄はないことを話されたのでした。エレミヤは神のことばを伝えましたが、人々は受け入れず、彼を殺そうとしましたが、主は「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、私はあなたに、誠実を尽くし続けた。」と仰せられて励まされたのでした(エレミヤ書31章3節)。どんなことがあっても主に愛されていることを忘れないようにし、この世が与えることのできない平安を主からいただこうではありませんか。