主はいつまでも見放しておられない。たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。(哀歌3章31節―32節)

1.サムエル記第二7章12節―15節
2.詩篇73篇1節―28節
3. 伝道者の書3章1節―11節
4.エレミヤ書29章10節―14節

ヨブはサタンの試みを受けただけでなく、心のうちを正直に告白したために三人の友から非難されるような状態に陥ってしまいましたが、彼は「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。(ヨブ記16章19節―20節)」と主を見上げたのでした。主は三人の問答を聞きながら沈黙を保っておられましたが、ヨブを見放されたのではなく、38章においてヨブに語られてから、三人の友を責められ全焼のいけにえをささげること、ヨブが彼らのために祈るとその祈りをお聞きになっただけでなくヨブに二倍の祝福を与えられたのでした(ヨブ記42章7節ー10節)。イエス様は十字架上で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか)」と大声で叫ばれましたが、パウロが「神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。(ローマ人への手紙8章3節)」と語っているように、その叫びは、私たち罪人に代わって見捨てられ、裁かれたためでしたが、それは神のご計画によるものであり、復活をもって栄光を現されたのでした。イエス様は「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません(ヨハネの福音書14章18節)」と約束されました。イスラエルの民のように私たちが主を忘れても主は私たちを見捨てないばかりか、永遠の栄光の中を歩む者としてくださっているのです(ペテロの手紙第一5章10節)。今日の聖句「主はいつまでも見放しておられない。たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる。」を心に据えて、苦悩している時にも主が共におられること、主の時があることを忘れずに、主を信頼して恵みの中を生き続けようではありませんか。