そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。(テモテへの手紙第二2章1節)

1.ヨハネの福音書1章9節―17節
2.ローマ人への手紙5章17節―20節
3.コリント人への手紙第一15章3節―10節
4.ヘブル人への手紙13章5節―9節

サウルからいのちを狙われていたダビデは、イスラエルの地にあってどんな状況の中にあっても神が彼をサウルの手に渡すことをなさらなかったにも関わらず、サウルの手から逃れるために自分の考えでガテの王アキシのところに行き、ゲルシュ人やゲゼル人、アマレク人を襲って手に入れた戦利品をイスラエルを襲って得たものであると、いつわってアキシ王を信用させたために、イスラエルとの戦いに同行するように言われましたが、他の首長たちが反対したために、ダビデたちは住んでいたツイケラグに帰ることができたのですが、帰ってみると町は焼かれ、家族や家畜がすべて奪われていたのでした。そのために民がダビデを石で打ち殺そうと言い出したので、ダビデは彼の神、主によって奮い立ち、主に略奪隊を追うべきか尋ねたところ、主が「追え。必ず追いつくことができる。必ず救い出すことができる。」と仰せられたように、略奪隊に追いつき、奪われたすべてのものを取り戻しただけでなく、アマレク人がペリシテ人やユダの地から奪った物もすべて得たのでした(サムエル記第一28章―30章20節)。ダビデは神を考慮せずに自分の考えで行動し窮地に追い込まれましたが、ダビデは主によって奮い立つ、すなわち主に立ち返り主に助けを求めると主は勝利を与えられたのですが、その根底には神が恵み深い神であることを知っておられたからではないでしょうか。私たちの心に恐れが生じたり、自分の考えで過ちを犯して心がなえるような時、ダビデのように、パウロが「そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」と勧めているように罪人を救うためにいのちを捧げてくださっただけでなく、今は父なる神の右に座して罪に定められないようにとりなしていてくださる恵みとまことに満ちておられるイエス様のことを思い起こし、この世や人の知恵では決して得られない罪の赦しと永遠の命が与えられていることを、全生涯の罪は十字架で支払われている恵みを感謝し、恵みの上にさらに恵みが増し加わる人生を生きようではありませんか。