主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は、御顔を仰ぎ見る。(詩篇11章7節)

1.ヨブ記16章19節ー21節
2.詩篇16章6節ー11節(使徒の働き2章25節ー28節)
3.ヨハネの福音書5章2節ー19節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー3節

エバとアダムは神が禁じた善悪の知識の木から取って食べて罪を犯した結果、自分たちが裸であることを知り、園を歩き回られる神である主の声を聞くと、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠したのでした。しかし、ヨブは神から潔白で正しい者と認められたにも関わらず、悪魔の試みにあって苦しんだだけでなく、慰めに来たはずの三人の友人から非難を浴びましたが、彼は「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしてくださいますように。人の子がその友のために。(ヨブ記16章19節ー21節)」と、彼はまさしく今日の聖句が「主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は、御顔を仰ぎ見る」」と語っているように、正しく、正義を愛される主を仰ぎ見たのでした。イエス様も常に父なる神を仰ぎ見て与えられた使命を果たしたのでした。イエス様は「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです。(マタイの福音書5章8節)」と仰せられましたが、ヘブル人への手紙10章22節は心がきよくされるのは十字架の血によるものであることを語っています。ですから、キリスト者は神を見ることができるのです。どんな時にも、主は正しい方であることを認めるとともに、目を天に向けて、信仰の完成者であり恵みとまことに満ちておられるだけでなく、日々とりなしていてくる主を仰ぎ見て生きようではありませんか。