信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。(ヘブル人への手紙12章2節―3節)

1.ローマ人への手紙425節―55
2.コリンと人への手紙第二415節―18
3.ピリピ人への手紙317節―21
4.コロサイ人への手紙1章21節―29節

イエス様は弟子たちに「あなたがたは今、信じているのですか。見なさい。あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が来ます。いや、すでに来ています。しかし、わたしはひとりではありません。父がわたしといっしょにおられるからです。わたしがこれらのことを話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」と、パウロのもとに遣わすアナニヤにパウロについて「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。(使徒の働き9章15節―16節)」と仰せられたように、彼らは迫害にあって多くの苦しみを受けましたが、彼らはキリストの苦しみに預かる者となったことを喜んだとあります(使徒の働き5章40節ー41節)。その秘訣は、パウロがコリントの聖徒たちに「私がキリストを見ならっているように、あなたがたも私を見ならってください。」と、今日の聖句が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」と勧めているように、十字架と復活によって示されたように、苦しみを通してでなければ味わうことのできない勝利と栄光があることを心に据えて永遠のいのちが与えられていることを感謝して生きようではありませんか。