いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。(詩篇36篇9節)

1.マタイの福音書412節―16
2.ヨハネの福音書11節―5
3.ヨハネの福音書1244節―50
4.ヨハネの手紙第一1章1節―5節

パウロが「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。それゆえ、彼らは神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは、自分では知者であると思いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と変えてしまいました。」と語っているように、自分たちの考えでさまざまな像を造り、それを神として拝むようなことをしていますが、その背後には、善悪の知識の木から取って食べたなら必ず死ぬと警告した神のことばを完全に否定し、神が禁じた本当の理由は、それを食べると、あながたが神のようになり善悪を知るようになることを神は知っているからと偽りをもってエバが罪を犯すように語った光の御使に変装する悪魔ともよばれるサタン(コリント人への手紙第二11章14節)のささきがあったように、今も人々の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているために(コリント人への手紙第二4章4節)、多くの人は祖先崇拝や先祖から受け継いだ宗教から抜け出せない状況があるのではないでしょうか。イエス様は悪魔について、彼は初めから人殺しであり、偽り者であることを語っています(ヨハネの福音書8章44節)。今日の聖句が「いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。」と語っているように、イエス様はまことの光であり、真理であり、死に勝利され永遠のいのちを与えることのできるはイエス様以外におられないことを心に据えて、まことの光、人の光であるイエスに人々の心が向くように祈ろうではありませんか。