見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる。(イザヤ書60章2節)

1.出エジプト記1021節―23
2.イザヤ書817 節―97
3.ヨハネの福音書1 1節―13

ヨハネは「いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。(ヨハネの福音書1章18節)」と、御子イエス様だけが神がどのような方であるかを教えてくださることを、そして「神は光であって、神のうちには暗いところが少しもない。これが。私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせです。(ヨハネの手紙 第一 1章5節)」と、神の定義をはっきり語っています。ダビデは「私はあなたの、御霊から離れて、どこへ行けましょう。私はあなたの御前を離れて、どこへのがれましょう。たとい、私が天に上っても、そこにあなたはおられ、私がよみに床を設けても、そこにあなたはおられます。私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕らえます。たとい私が『おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜になれ』と言っても、あなたにとっては、やみも暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。(詩篇139篇7節―12節)」と、神から自分を隠すことはできないこと、どんな状況下にあっても神はともにおられ導いてくださる方であることを語っています。一方、世の人々は神の存在を知ってはいても、その実態がわからないためにローマ人への手紙1章21節―23節が「彼らは神を知っていながら彼らは、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなりました。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。」と、どんなに人間の知恵にたけていても、心が暗い状態にあることを語っていますが、その原因を、パウロは神のことばを曲げずに真理を明らかにし、福音を語っても「この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。(コリント人への手紙 4章3節―4節)」と世全体を支配しているこの世の神、すなわち悪魔(サタン)の働きであることを語っています。今日の聖句「見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる。」を心に留めて、月自体には光がありませんが、太陽の光を反射して輝いているように世の光である主を仰ぎ見て生きるとともに、人々が暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返るように(使徒の働き26章18節)とりなして祈ろうではありませんか。