主はいつくしみ深く、苦難の日のとりでである。主に身を避ける者たちを主は知っておられる。(ナホム書1章7節)

1.詩篇341節―8
2.詩篇461節―7
3.詩篇911節―6

イスラエルの最初の王サウルが主の御声に聞き従わなかったので、サムエルは「今は、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、主はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。あなたが、主の命じられたことを守らなかったからだ。(サムエル記第一13章14節)」とサウルに伝えたように、主はサムエルに「いつまであなたはサウルのことで悲しんでいるのか。わたしは彼をイスラエルの王位から退けている。角に油を満たして行け。あなたをベツレヘム人エッサイのところに遣わす。わたしは彼の息子たちの中に、わたしのために、王を見つけたから。」と仰せられ、次の王としてダビデに油を注がれたのでした。ダビデ は主のみこころにかなった者として選ばれましたが、ペリシテ人との戦いに勝利してダビデ が帰還すると、女性たちが主を誉めたたえたのではなく「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と歌ったために、サウルはダビデを非常に愛していたにもかかわらず(サムエル記 第一 16章21節)、非常に怒り、「ダビデ には万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。」と不満を持ち、その日以来、ダビデ を疑いの目で見るようになりダビデを殺害することが彼の目的となってしまったのでしたが、サウルとその部下がダビデに迫ったとき、ペリシテ人が侵入して来たのを聞いたサウルはダビデ追うのをやめて帰るようにされ、ダビデを主は守られたのですが、ダビデは主よりも「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされるだろう。」と自分の考えでペリシテ人の地に住んだり、さまざまな罪を犯し、さまざまな問題を抱えることになりましたが、今日の聖句が「主はいつくしみ深く、苦難の日のとりでである。主に身を避ける者たちを主は知っておられる。」と語っているように、ダビデは主を仰ぎ見て、悔い改めたり助けを求めて主に身を避ける者として生きることを主はご存知でみこころにかなった者としてダビデを選ばれたのではないでしょうか。みことばよりも自分の考えや思いで行動して苦悩するよう時、今日の聖句を思い出し、私たち以上に私たちの弱さをご存知な、私たちに何が必要であるかをご存知な主に私たち自身を主に委ねて生きようではありませんか。