ほむべきかな。神、主、イスラエルの神。ただ、主ひとり、奇しいわざを行う。(詩篇72篇18節)

1.出エジプト記816節―19
2.ヨハネの福音書1520節―25
3.コリント人への手紙 第一 2章7節―10節

聖書は目に見える世界の背後に目に見えない世界があることを、見えない世界には天地万物を創造された神と神に仕える御使たちだけでなく、被造物の立場でありながら「私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高きかたのようになろう。(イザヤ書14章13節―15節)」と高ぶったために天から落とされた悪魔とも呼ばれるサタンと、サタンと一緒に堕落した悪霊の存在を語っています。主はエジプトで苦しんでいるイスラエルの民をエジプトから導き出すためにモーセをパロのもとに遣わしてさまざまな奇蹟を起こされましたが、エジプトの呪法師たちは呪文をとなえ秘術をもって同じような奇跡を起こしました。ですから、さまざまな宗教においても奇跡が起こりますし、占いをもって悪魔や悪霊は人を支配していますが、主がモーセに「アロンに言え。あなたの杖を差し伸ばして、地のちりを打て、そうすれば、それはエジプトの全土で、ぶよとなろう。」と仰せられたようにアロンが手を差し伸ばして杖で地のちりを打つと地のちりはみな、エジプト全土でぶよになりましたが、呪法師たちは秘術を使ってもぶよを出すことができなかったように、悪魔や悪霊の力には限界があります(出エジプト記8章16節ー18節)。悪魔や悪霊は人の力以上の力を持っているだけでなく、偽りのことばをもって神のことばを否定してエバが罪を犯すように仕向けたように、今も、人を惑わしたり騙したりする働きをしていることを、生まれながらの人間だけでなく、偶像崇拝や祖先崇拝をしている宗教家は世全体を支配している悪しき者、すなわちサタンの支配下に置かれていることを知らずにおられるのではないでしょうか(エペソ人への手紙2章1節―2節)。エバが罪を犯すように騙したサタンは神から「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼はおまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく(創世記3章15節)」と言われた真意がわからずにイエス様を十字架に釘付けにし、殺害したことによって勝利したと考えたのでしょうが、神はイエス様を死からよみがえらせて悪魔の最大の武器である死に勝利を与え、完全なる敗北をサタンに与えたのでした。そして今日の聖句が「ほむべきかな。神、主、イスラエルの神。ただ、主ひとり、奇しいわざを行う。」と語っているように、人の知恵では考えられないようなこと、神が罪人のためにいのちをもって死をもたらす罪から贖ってくださるという、行いではなく恵みによって救われる道、すなわち、イエス様を信じるなら、どんな罪も赦され神から罰せられることがないばかりか、永遠のいのちが与えられ、この世を去る瞬間御使によってキリスト者は主のもとに携えられるという奇しいわざを、日々神である主イエス様が罪に定められないようにとりなしていてくださるのです(ローア人への手紙8章34節)。主をほめたたえて生きようではありませんか。