聖書箇所

主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。(箴言21章30節)

<関連聖句>

1.コリント人への手紙 第一118節―25
2.コリント人への手紙 第一3章18節―20節

3.ローマ人への手紙11章25節―36節

<メッセージ>

善悪の知識の木から取って食べてはならないという神の警告のことばをないがしろにして、いつわり者の父である悪魔のことばを信じて善悪の知識の木から取って食べたことによって、自分たちが裸であるのを知って自分たちの考えでいちじくの葉をつづり合わせて腰のおおいを作り、神である主の声を聞くと主の御顔を避けて園の木の間に身を隠したのですが、その理由を「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。」と言いましたが、彼らを創造されたのは神であり、しかも彼らが気づく前から彼らの裸は見ていました。アダムのことばに人の知恵の愚かさを見ることができるのではないでしょうか。エレミヤ書9章23節−24節は「主はこう仰せられる。『知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。わたしは主であって、地に恵みと公義と正義を行う者であり、わたしがこれらのことを喜ぶからだ。―主の御告げー』」と、主を知っていることこそが大切であることを語っています。なぜなら、知能指数が高くても、素晴らしい発見をしても、すぐれた認識能力(英知)をもっていても、信仰ではなく宗教心が厚くても、人間の知恵によって考え出された宗教によっては死をもたらした罪の解決をすることができないからです。ですから、今日の聖句は「主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。」と語っています。人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが決まっていますが(ヘブル人への手紙9章27節)、イエス様が「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。(ヨハネの福音書5章24節)」と仰せられたようにキリスト者は死後神のさばきに会うことなく、栄光の姿に変えられ、死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない天国で永遠に主と共に生きる恵みに与っているのです。人々の心の目を主が開いてくださり、多くの方が主を求めるように祈ろうではありませんか。