ハバクク書2章4節

見よ。彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。しかし、正しい人はその信仰によって生きる。

<関連聖句>

1.ローマ人への手紙1章16 節—17節
2.ガラテヤ人への手紙2章20節—21節
3.ヘブル人への手紙11章3節—6節

<メッセージ>

悪魔は心の中で「私は天に上ろう。

神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。

密雲の頂きに上り、いと高き方のようになろう。」と、元来神をほめたたえる御使いとして創造さたにも関わらず、被造物の立場でありながらうぬぼれて自分を神と同等に置こうとしたために天から地に落とされたのですが、善悪の知識の木から取って食べてはならないこと、食べたなら食べたとき必ず死ぬという神の警告を直接聞いていなかったエバに「あなたがたは神のようなり、善悪を知るようになる」と、自分と同じ罪を犯すように仕向けたので、エバも神から警告を直接聞いていたアダムも妻の声に聞き従って善悪の木から取って食べて罪を犯した結果、イザヤ書53章6節が「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。」と語っているように、人を創造された神を認めずに、自分に生きてしまうと、自分の事しか考えられず、自分かってな道に向かい、右往左往しながら手探りの人生を歩む事になってしまったのではないでしょうか。

一方、今日の聖句が「見よ。

彼の心はうぬぼれていて、まっすぐでない。

しかし、正しい人はその信仰によって生きる。」と、語っているように「正しい人」、すなわち主を信じ罪が赦され義とされた者は信仰によって生きるために、ヘブル人への手紙11章3節が「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。」と、語っているように、未だにさまざまな説をもって地球誕生を解明しようとしている科学者のようではなく、神のことばであるみことばを信じる信仰によって天地万物が神によって創造されたという答えを、地球以外の惑星で人が生きることができるかどうか探索機を送って捜し求めていますが、地球こそ神が備えてくださった惑星であるという答えをもっているのでないでしょうか。

正しい信仰をもって生きることこそ幸いなことではないでしょうか。

信仰が与えられていることを感謝するとともに、信仰がなくならないようにとりなしていてくださるだけでなく、信仰を完成してくださるイエス様を仰ぎ見て生きようではありませんか。