わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。このわたしが、告げ、救い、聞かせたのだ。あなたがたのうに、異なる神はなかった。だから、あなたがたはわたしの証人。ー主の御告げーわたしは神だ。(イザヤ書43章11節ー12節)
1.ヨハネの福音書3章16節ー18節
2.ヨハネの福音書14章1節ー6節
3. 使徒の働き2章22節-41節
4.使徒の働き4章8節ー12節
この世には人の手によって祭り上げられている神々と呼ばれる偶像が蔓延し、葬儀の時に「天国で安らかに御眠りください。」と亡くなられた方に向かって言うように、世の人々は死んだら自動的に天国に行くように思っていますが、主はモーセに一歳の雄の子羊の血を家々の二本の門中とかもいにつけるなら、主がエジプトの地を打つとき、滅ぼされることがないことを約束されたように(出エジプト記12章1節ー13節)、「わたし、このわたしが、主であって、わたしのほかに救い主はいない。このわたしが、告げ、救い、聞かせたのだ。あなたがたのうに、異なる神はなかった。だから、あなたがたはわたしの証人。ー主の御告げーわたしは神だ。」と、イエス様が「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネの福音書14章6節)」と、仰せられたように、パウロが「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているように、この世や人の知恵では解決するのが不可能な死をもたらす罪やこの世を支配してるサタン(悪魔)の手から救い出すことのできる神は主以外におられないことを語っています。ところでイエス様は昇天される前「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム。、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」と弟子たちに仰られただけでなく、教会を迫害していたパウロでさえもキリストの証人とされたように、キリスト者はキリストの証人として生かされていることを心に据えて、主が与えてくださるキリストを証しする機会を逃さないように、福音宣教が推し進められるように祈ろうではありませんか。
