主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。(箴言21章30節)

1.エレミヤ書9章23節―24節
2.マタイの福音書22章15節―33節
3.ヨハネの福音書8章1節―19節
4.コリント人への手紙第一1章17節―31節

律法学者やパリサイ人はことばの罠にかけようと弟子たちとヘロデ党をイエス様のもとに遣わして 「税金をカイザルに納めることは、律法にかなっていることでしょうか。かなっていないことでしょうか」と言わせると、イエス様は「納め金にするお金をわたしに見せなさい。」と仰せられてから「これは、だれの肖像ですか。だれの銘ですか。」と尋ねると彼らが「カイザルのです」と答えたので、「それなら、カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。」と仰せられたので、彼らは驚嘆して立ち去りましたし(マタイの福音書22章15節―22 節)、姦淫の女性を連れて来て「モーセの律法の中で、こういう女を石打ちするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」と言い続けたので、イエス様が「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」と言われると自分を義人と自任していたパリサイ人や律法学者以外の人は皆いなくなったのでした。今日の聖句が「主の前では、どんな知恵も英知もはかりごとも、役に立たない。」と、パウロが「この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。(コリント人への手紙第一1章21節)」と語っているように、この世の知者や権力者、身分の高い人の中にもキリスト者がおられますが、現在も多くの科学者は天地万物を神が創造したと言うことを認めずに、地球誕生や人類誕生の解明をしようとさまざまな 惑星に探査機を送っていますが、やがて全ての人が神の存在を知る時か来ることを聖書は語っています。人のことばに惑わされず、この世の情報に翻弄(ほんろう)されないために、神の知恵、神のことばである「いのちのみことば」をしっかり握って世の光として生きるように心がけようではありませんか(ピリピ人への手紙2章16節)。