わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。(ヨハネの福音書14章27節)
1.ヨハネの福音書16章19節―33節
2.ピリピ人への手紙4章6節―7節
3.コロサイ人への手紙 3章15節
4.ヨハネの手紙第一3章18節―20節
イエス様が弟子たちに「子どもたちよ。わたしはしばらくの間、あなたがたといっしょにいます。あなたがたはわたしを捜すでしょう。そして、『わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない』とわたしがユダヤ人たちに言ったように、今はあなたがたにも言うのです。」と言われたので、ペテロが「主よ。どこにおいでになるのですか。」と尋ねると、「わたしが行く所に、あなたは今ついてくることはできません。しかし後にはついて来ます。」と仰せられてから不安がっている弟子たちに「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。」と仰せられましたが、トマスは「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。」と、申し上げるとイエス様は「わたしは道であり、真理であり。いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネの福音書13章33節―26節及び14章1節―6節)」と仰せられてから、「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」とこの世や人の知恵、力は罪や死の解決を与えることができないため、この世が与えることのできない平安を与えてくださることを話されたように、死からよみがえられたイエス様にお会いした弟子たちは、パウロが「死は勝利にのまれた。」と語っているように、もはや人を、死を恐れる者ではなく大胆に福音を語ったのでした。パウロが「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」と勧めているように、最善をなしてくださる主を信頼し、感謝をもって祈るように心がけようではありませんか。