主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえに守られる。(詩篇121篇8節)
1.ヨハネの福音書6章35節―40節
2.ヨハネの福音書10章9節―16節及び28節―29節
3.ヨハネの福音書17章13節―20節
4.テサロニケへの手紙第一5章23節―24節
イザヤ書43章1節―4節に「今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。『恐るな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしが、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。わたしは、エジプトをあなたの身代金とし、クシュとセパをあなたの代わりとする。わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。』」と仰せられてから、再び「恐るな。わたしがあなたとともにいるからだ。」と、今日の聖句が「主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえに守られる。」と語っているように、私たちは神の御力によって守られていますが、イエス様が悪魔の試みに会われたように、試練に会いますが、主はどこにいてもどんな状況下にあっても贖われた者、即ち、イスラエルの民のようにキリスト者といつもともにいてくださるだけでなく、主を信じる者の全生涯の罪や過ちを主は取り除いてくださっているので、第二の死、すなわち、死後、神から罪や過ちを裁かれ永遠の死、すなわち昼も夜も悪魔や悪霊、偽預言者たちと永遠に苦しみ続けるような状態から救われていることを、何があっても主の守りの中にあることを、十字架の死があって復活が可能になったように試練の向こうには主の栄光が備えられていることを忘れないで生きるように心がけようではありませんか。