私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。(哀歌3章22節ー24節)
1.ローマ人への手紙5章6節ー21節
2.エペソ人への手紙2章1節ー9節
3.テモテへの手紙第一1章12節ー17節
4.テモテへの手紙第二2章1節ー13節
旧約聖書に見るイスラエルの歴史を見ると、主はご自分の民がエジプトで苦しんでいるのをご覧になってモーセに民をエジプトから導き出すように仰せられるとともにモーセを用いて多くの奇蹟をもって彼らに神の偉大さを示されたのですが、モーセがシナイ山から降りて来るのに手間取っていると民はアロンに「さあ、私たちに先立って行く神を、造ってください。私たちをエジプトの地からつれ上ったあのモーセという者が、どうなったのか、私たちにはわからないから。」と言ったのでアロンは彼らの金のイヤリングをもって金の子牛を造り、それを拝んで偶像崇拝をしたように、民は繰り返し罪を犯し、エレミヤが警告したにも関わらず、罪を悔い改めることをしなかったために民はバビロンに連れていかれるようなことになりましたが、主は70年後、民がエルサレムに帰還されるようにしてくださり、ネヘミヤを用いられてエルサレムの城壁を再建され町と人々の霊性を回復されたのでした。エレミヤは「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。『あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。』と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。」と、語っていますが、キリスト者を迫害していたパウロも同じように「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ちあふれるようになりました。(テモテへの手紙第一1章13節ー14節)」とご自身について語るだけでなく、キリストを信じる前は、自分の罪禍と罪の中に死んでいた者、この世の神である悪魔の支配下にあったこと、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、神の御怒りを受けるべき者でしたが、あわれみ豊かな神は、御子イエス様をお遣わしになり、行いによるのではなく恵みによって、イエス様を信じるなら、それらすべてのものから救われることを(エペソ人への手紙2章1節ー9節)、「罪の増し加わるところには恵みも満ちあふれました。(ローマ人への手紙5章20節)」と語っています。毎朝、今日のみことばをしっかり握って、どんなことがあっても、神の愛を十字架で示され、恵みとまことを実現してくださった主を待ち望んで生きるように心がけようではありませんか。