あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。(コリント人への手紙第一6章19節ー20節)

1.ヨハネの福音書3章1節ー7節
2.ヨハネの福音書16章7節ー14節
3.コリント人への手紙第一2章7節ー16節
4.コリント人への手紙第二3章6節ー18節

イエス様は「人の子が栄光を受けるその時が来ました。まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」と、ご自分のことを一粒の麦にたとえられてから「今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ。この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。父よ。御名の栄光を現してください。」と申し上げた時、群衆は雷が鳴ったのだと言い、ほかの人々は、「御使が彼の方に話したのだ」と言いましたが、「わたしは栄光をすでに現したし、またもう一度栄光を現そう。」という天からの声をお聞きになられたのでした(ヨハネの福音書12章23節ー24節及び27節ー29節)。イエス様は十字架の死と復活もって神の栄光を現されましたが、イエス様は「わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」と仰せられてから「御霊はわたしの栄光を現します。わたしのものを受けて、あなたがたに示すからです。」と仰せられたことから(ヨハネの福音書16章7節及び14節)、主の栄光を現すことができる唯一の道は御霊によることがわかります。ペテロはキリスト者にはキリストのゆえに、あらゆる恵みに満ちた神によって永遠の栄光が与えられていることを語っています(ペテロの手紙第一5章10節)。パウロが「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。」と命じておられるように、私たちは恵みに満ちた神から、神の栄光を現すことのできる聖霊が与えられていること、聖霊の宮とされていることを忘れないように心がけようではありませんか。