この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。(ルカの福音書21章33節)

1.イザヤ書55章6節ー11節
2.ヨハネの福音書6章53節ー63節
3.ヨハネの福音書11章25節ー26節
4.ペテロの手紙第一1章18節ー25節

ヘブル人への手紙11章3節が「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたものではないことを悟るのです。」と語っているように、創世記1章1節が「初めに、神が天と地を創造した。」と語ってから、3節ー5節は「神は仰せられた。『光があれ。』すると光があった。神は光を見て良しとされた。神は光とやみとを区別された。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。」と、光は神のことばによってもたらされたこと、神が昼と夜とを名づけられたことを語ってから、6節ー30節において、大空や動植物、人も神のことばによって造られたことが書かれていますから、神のことばには力と権威があることがわかります。ところで創世記2章19節が「神である主は土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造り、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて来られた。人が生き物につける名はみな、それがその名となった。」と語っているように人のことばにも権威を与えられましたが、ヤコブの手紙3章2節が「私たちはみな多くの点で失敗するものです。もし、ことばで失敗しない人がいたら、その人は、からだ全体をもりっぱに制御できる完全な人です。」と、箴言15章1節が「柔らかな答えは憤りを静める。しかし激しいことばは怒りを引き起こす。」と、語っているように、完全な人はいませんし、状況や感情に支配されてしまいがちになるために安定を欠いてしまうのではないでしょうか。今日の聖句「この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」はイエス様のことばです。イエス様は「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。(ヨハネの福音書1章25節)」と話されただけでなく、死後、三日目によみがえられて死んでも生きることのできるいのちを証明されたのでした。イエス様は完全な方です。ペテロが「主よ。私たちがだれのところに行きましょう。あなたは永遠のいのちのことばを持っておられます。私たちは、あなたが神の聖者であることを信じ、また知っています。(ヨハネの福音書6章68節)」とイエスさまに申し上げたように、私たちも恵みとまことに満ちておられるイエスさまがいつも一緒にいてくださることを喜んで生きるように心がけようではありませんか。