ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。(詩篇20篇7節)
1.サムエル記第一17章34節ー50節
2.箴言21章30節ー31節
3.ルカの福音書10章17節ー19節
4.使徒の働き3章1節ー16節
詩篇が歌われた頃は現代の武器のような物はありませんでしたが、今日の聖句が「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。」と語っているように、国際情勢を見ると軍事力がものを言うような傾向があり、軍事力を強めることが、核を持つことが国を守るような勘違いをしているように思わされます。ところで、主が約束された地に入ったイスラエルの民は部族ごとに所有する地が振り分けられたのですが、割り当てられた地が狭いと文句を言ったヨセフ族にヨシュアが「もしもあなたが数が多い民であるなら、ペリシテ人やれファム人の地の森に上って行って、そこを自分で切り開くがよい。エフライムの山地は、あなたには狭すぎるのだから。」と言うと、彼らは「山地は私どもには十分ではありません。それに、谷間の地に住んでいるカナン人も、ベテ・シェアンとそれに属する村落にいる者も、イズレエルの谷にいる者も皆、鉄の戦車を持っています。」と答えたのですが、ヨシュアはそれでもカナン人を追い払うように命じられたのでした(ヨシュア記17章14節ー18節)。ところで、デボラがイスラエルをさばいていた時、シセラは鉄の戦車九百両全部をもってイスラエルに敵しましたが、デボラが「天から星が下って戦った。その軌道を離れて、シセラと戦った。キション川は彼らを押し流した。(士師記5章20節ー21節)」と、賛美しているように、主は御使いを遣わし、川を氾濫させられ、戦車が役に立たない状態にされたので、シセラは戦車から飛び降りて徒歩で逃げたのですが、熟睡したためにへベルの妻ヤエルによって殺害されたのでした(士師記4章4節ー24節)。ダビデはゴリアテに対して「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの先陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。」と宣言されたように、一つの小石をもってゴリアテに勝利されたのでした。パウロは天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるものすべてがひざをかがめてすべての口が『イエス・キリストは主である』」と告白することを語っていますし、「神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働きく神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかをあなたがた知ることができますように。」と祈られました(エペソ人への手紙1章19節)。主の御名の権威と力がどれほどのものであるのかを心に据えて祈ろうではありませんか。
