どうか、悪者の悪があとを絶ち、あなたが正しい者を堅く立てられますように。正しい神は、心と思いを調べられます。(詩編7篇9節)

1.サムエル記第一16章4節ー13節
2.詩編139篇1節ー6節
3. エレミヤ書17章9節ー10節
4.ヘブル人への手紙4章12節ー13節

サウルの次の王として主が選ばれる者に油を注ぐためにエッサイの家を訪問したサムエルはエリアブを見て「確かに、主の前で油をそそがれる者だ」と思ったのですが、主は「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」と仰せられ、エッサイが七人の息子たちをサムエルの前に進ませたのですが、サムエルが「主はこの者たちを選んでおられない。子どもたちはこれで全部ですか。」と尋ねたので、エッサイが「まだ末の子が残っています。あれは今、羊の番をしています」と答えると、サムエルは末の子を連れて来るように言い、その子、すなわちダビデが来たとき、主はダビデに油を注ぐように仰せられたのでした。エッサイは、まさか末っ子が選ばれると思っていなかったのでしょう。そのダビデは、まず「どうか、悪者の悪があとを絶ち、あなたが正しい者を堅く立てられますように。」と祈ってから、「正しい神は、心と思いを調べられます。」と、神は正しい判断をされることを語っていますが、ヨハネは「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます(ヨハネの手紙第一1章9節)」と正しい神こそが私たちをきよめてくださることを語っています。パウロが「何も思い煩わないで、あらゆる場合いに、感謝をもって、ささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」と勧告してから、「そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節ー7節)」と語っています。思い煩うよりも私たちの神は正しい方であり、私たちを救うために御子を遣わされた方であることを、恵みとまことを実現され、信仰がなくならないように祈っていてくださるイエス様に愛されていることを忘れないで感謝をもって祈るように心がけようではありませんか。