だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(コリント人への手紙第二5章17節)

1.エゼキエル書36章25節ー27節
2.ヨハネの福音書3章1節ー7節
3.ローマ人への手紙5章20節ー6章11節
4.エペソ人への手紙2章1節ー10節

市川猿之助さんが家族会議をして「死んで生まれ変わろうと家族で話し合い、両親が睡眠薬を飲んだ」と話していることが報道されました。人は生まれ変わりたいという願望が起きることがありますが、その一方で死ぬことに対する不安もあり、非常に複雑な精神状態を抱えながら「いのち」や「死」に対する答えを得られないまま、通常は、後悔しないように生きれば良いと考えて生活しがちですが、追い込まれると、今の状態を終わらせたいという思いにかられて死に解決を求めてしまうのではないでしょうか。しかし、その一方で人には永遠が与えられているので、人は「また、生まれる時は」と死んでも再び生まれることができると思っているのではないでしょうか。インドにおいて肉体は滅びてもその存在がなくなることはなく、霊魂は生き続けるために死んでも、何かに生まれ変わるという考えのもとで輪廻転生という思想が起こされたようです。イエス様はにせ預言者に気をつけるように言われました。タイに遣わされた宣教師からタイの方は輪廻転生の恐怖、すなわち、死後、再び人に生まれ変わるという保証がなく、何に生まれ変わるのかわからない恐怖からの救いを求めてクリスチャンになる方が多いことを伺ったことがあります。パウロは教会を迫害していた者ですが、使徒として召され、真理を知る者となり、彼自身が全く変えられ彼の人生観も全くかえられたのでした。ですから「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」と語っているのではないでしょうか。どんな歩みをしていてもキリストを信じるなら、聖霊によって新しく生まれ、神の子とされ、天に国籍を持つ者という立場が与えられ、すべてが全く新しくされるのです。猿之助氏はじめ多くの方に福音が届くように、宣教の働きを主が祝してくださるように祈ろうではありませんか。