助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)
1.使徒の働き2章14節ー42節
2.ローマ人への手紙8章15節ー16節
3.コリント人への手紙第一2章7節ー16節
4.テモテへの手紙第二3章16節ー17節
イエス様は殺されるけれども三日目によみがえることを何度も話されたにもかかわらず、週の初めの日にマグダラのマリヤが墓に行ってみると墓から石が取りのけてあるのを見てペテロとヨハネのところに行って「だれかが墓から主を取って行きました。」と報告したので、二人が墓に行き入ってみると亜麻布と頭に巻かれていた布切れだけでご遺体がなかったのを見て、マグダラのマリアのことばを信じたのですが(ヨハネの福音書20章1節ー8節)、9節に「彼らはイエス様が死人の中からよみがえらなけえばならないという聖書を、まだ理解しなかったのである」とあるのは、まだ聖霊が下っていなかったからではないでしょうか。イエス様が「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにおすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」とペ仰せられたようにペンテコステの日に聖霊が下り、聖霊に満たされたペテロは他の十一人の弟子たちと立ち上がって、ヨエル書や詩篇を引用して、御霊や十字架の死と復活について語ったのでした。パリサイ人であった時のパウロは、自分の考えでナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきと考えて、キリスト者を迫害するために向かっていたダマスコの途上で主の方から「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」と声をかけられ、「主よ。あなたはどなたですか。」と尋ねると「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられるはずです。」と主は答えられ、パウロの視力が回復するためだけでなく、聖霊に満たされるためにアナニヤをパウロのもとにお遣わしになったのでした。聖霊に満たされたパウロは「私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けたのです。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。(コリント人への手紙第一2章12節)」と、聖霊の働きを語るとともに「聖霊を悲しませてはいけません。(エペソ人への手紙4章30節)。御霊を消してはなりません(テサロニケへの手紙第一5章19節)」と命じる人になりました。恵みに生き続けるために、自分の考えや理解力に頼るよりも、聖霊によって書かれたみことばをしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。
