神によって、私たちは力ある働きをします。神が私たちの敵を踏みつけられます。(詩篇108篇13節)

1.出エジプト記17章8節―16節
2.サムエル記第二22章1節―20節
3.歴代誌第二20章1節―24節
4.ピリピ人への手紙4章12節―13節

イエス様は「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないかたです。(ヨハネの福音書15章5節)」と仰せられましたが、悪魔がイエス様を非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華を見せて「もしひれ伏して私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。(マタイの福音書4章8節―9節)」と試みたように、この世の栄光はイエス様との関係がなくても手に入れることができますが、目に見えない霊的な実、いつまでも残る実は聖霊によるものであるために(ガラテヤ人への手紙5章22節―23節)イエス様との関係が不可欠であることがわかります。ダビデは戦意を失い、だれも戦わなかったゴリアテと戦うに際して、彼は「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを私の手に渡される。」と宣言され一つの石をもってゴリアテを倒したのでした。私たちの敵は目に見えない悪魔や悪霊で、彼らはどこにでも空中移動が可能で、私たちよりもはるかに力ある者です。ダビデが「主は、私の強い敵と、私を憎む者とから、私を救い出された。彼らは私よりも強かったから。(サムエル記第二22章18節)」と語っているように、彼らに勝利するためには神の武具であるキリストを着て、みことばをしっかり握り、信仰の大楯であるイエス様に留まることが不可欠ではないでしょうか(エペソ人への手紙6章10節―17節)。今日の聖句「神によって、私たちは力ある働きをします。神が私たちの敵を踏みつけられます。」を心に据えて、敵を踏みつけてくださる主に宣教の働きが前進するように、人々がこの世の神である悪魔や悪霊の力から解放されるように祈ろうではありませんか。