私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。(ペテロの手紙第一1章3節)

1.ヨハネの福音書5章19節―24節
2.ヨハネの福音書11章1節―45節
3.ローマ人への手紙6章17節―23節
4.コリント人への手紙第一15章3節―22節

昨日、演説中の安倍晋三元総理が凶弾によって亡くなられたことに日本のみならず世界が驚愕(きょうがく)したことが報道されました。テレビの画面を見ながら一瞬のうちにいのちが消されてしまうもろさを思うとともに、伝道者の書9章12節「人は自分の時を知らない。悪い網にかかった魚のように、わなにかかった鳥のように、人の子らもまた、わざわいの時が突然彼らを襲うと、それにかかってしまう。」を思い起こしました。銃による犯罪が頻繁に起こっている銃社会のアメリカで生活されている人々のことをも思わされました。ペテロは「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」と、キリスト者が持っている希望は、単なる希望ではなく、死によって消滅させられるようなものでない希望であることをイエス様が死からよみがえられたことによって知ったのでした。パウロが「終わりに、兄弟たちよ。私たちのために祈ってください。主のみことばが、あなたがたのところでと同じように早く広まり、またあがめられますように。また、私たちが、ひねくれた悪人どもの手から救い出されますように。すべての人が信仰を持っているのではないからです。(テサロニケへの手紙第二3章1節―2節)」と語っているように、死の備え、すなわち、死に勝利されたイエス様を信じて永遠のいのちを持つことがどんなに力強いものであり幸いなことであるかを踏まえ、昭恵夫人や警護に当たっていた方々の中で自責の念にかられる人々のために、宣教の働きが押し進められるように願い、祈ろうではありませんか。