御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ、あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりません。(詩篇9篇10節)

1.サムエル記第一17章42節―50節
2.使徒の働き2章14節―39節
3.使徒の働き3章1節―16節
4.ローマ人への手紙10章1節―10節

イエス様は弟子たちに「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。(ヨハネの福音書16章24節)」と仰せられてから目を天に向けて「わたしは、あなたが世から取り出してわたしに下さった人々に、あなたの御名を明らかにしました。彼らはあなたのものであって、あなたは彼らをわたしにくださいました。」と仰せられたように、御名を知る者は神のものとされている人々、すなわちキリスト者であることがわかります。ですから、パリサイ人として生きていた時のパウロはナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきと考えてキリスト者を迫害していましたし、ペテロとヨハネを捕らえた大祭司たちは神を知っていたはずですが「あなたがたは何の権威によって、また、だれの名によってこんなことをしたのか。」と尋ねたのではないでしょうか(使徒の働き4章7節)。イエス様に70人が「あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。(ルカの福音書10章17節)」と、ペテロが生まれつき足のなえた人に「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って彼の右手を取って立たせるといやされたように、主の御名には力や権威があります。今日の聖句「御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ、あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりません。」を、すなわち主の御名にある力や権威を、主がどのような方であるかを忘れずに祈り、主を信頼して生活しようではありませんか。