万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。(ペテロの手紙第一4章7節)

1.創世記17章15節―21節及び18章1節―15節
2. 詩篇31篇9節―13節
3.伝道者の書3章1節―11節
4.ペテロの手紙第二3章3節―9節

ロシア軍の一方的な侵攻によってもたらされたウクライナの悲惨な状態が毎日報道されていますが、その一方で、世界中のキリスト者は今の状況を終息してくださるように主に祈り続けているのではないでしょうか。政治家たちや評論家たちがいろいろ語っていますが、この戦争がいつ消息するのか皆目見当がつかない状態であることが報道されるので、「主よ、いつまでこの状態を許されているのですか?いつ終息してくださるのですか?」と問いかけてしまいますが、それは私たちの個々人の実生活においても同じように思うことがあるのではないでしょうか。ところで、伝道者の書3章11節が「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられました。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」と、ペテロが「主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。(ペテロの手紙第二3章8節)」と語っているように、主の時は私たちの時間とは大きくことなっているだけでなく、アブラハムもサラも主が来年の今ごろサラは男の子を産むと言っても彼らは自分達の年のことを考えて、笑ったのですが、主が約束されたようにイサクが与えられたように、人には理解できない神の世界と時があります。パウロが「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」と語っているように、神は神の時にすべてのことを働かせて益としてくだることを心に据えて主の時を待ち望みながら今日の聖句が「万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。」と語っているように、不信仰に陥らないように、主がどのような方であるかを忘れずに祈り続けようではありませんか。