まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。(マタイの福音書18章10節)

1.マタイの福音書16章13節ー19節
2.使徒の働き4章15節−31節
3.コリント人への手紙第一1章4節ー10節
4.ピリピ人への手紙1章27節ー2章2節

イエス様は十二弟子たちに汚れた霊どもを制する権威をお授けになって、イスラエルの民に「天の御国が近づいた」と宣べ伝えるように遣わされたのですが、弟子たちは聖霊の力に満たされていなかったので、だれが一番偉いかなどと議論をし、心は一つではありませんでした。しかし、死からよみがえられたイエス様にお会いした弟子たちはイエス様のことばを信じて(ヨハネの福音書2章22節)心を合わせて祈りに専念する人に変えられたのでした。やがて、聖霊の力に満たされたペテロの話を聞いて心を刺された人々は「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。」というペテロの勧めに従ってバプテスマを受けた人々3000人は、心を一つにして信仰生活をおくられたのですが、その秘訣は聖霊を受けたことによるのではないでしょうか。パウロは、キリストについてのあかしが確かで、どんな賜物にも欠けるところがなく、主の再臨を待ち望んでいるコリントの教会の聖徒たちに「どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。」とお願いしています。なぜなら、彼らは「私はパウロにつく」「私はアポロに」と世の人々と同じように「私」に生きていたからです。すべてのキリスト者に御霊は与えられていますが、肉の思い、すなわち「私」に生きてしまうとコリントの聖徒たちのように心が一つになれないのではないでしょうか。イエス様は「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。」と、キリスト者の集いにおける祈りがかなえられる秘訣を教えてくださっています。主は祈る時、まず「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。」と、私たちの心を天に向けるように勧めています。祈りは人に聞かせるのではなく、心の中をご覧になる神にささげることを心に据えて御霊による一致をもって祈ろうではありませんか。