私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に行われるのです。(ローマ人への手紙2章16節)
1.詩篇32篇1節ー2節
2.ヨハネの福音書5章24節ー27節
3.コリント人への手紙第一4章4節ー5節
4.コリント人への手紙第二5章1節ー10節
昨夜、毛沢東に関するドキュメント番組を見て、独裁者の陥りやすい高ぶりが国民だけでなく独裁者自身にどれほどの悲劇を生み出すのかを思わされました。彼はクリスチャンを迫害しただけでなく、中国国内をまわって調査し、飢餓の実態を報告し、中国のことを思って助言をされた同胞をも迫害し、反対する者を殺害したのでした。独裁者は権威を奮って人々を自分の思うままに動かすようなことをし、自分を神のような存在にしますが、やがて神に裁かれ、火と硫黄の池に投げ込まれ、昼も夜も悪魔や悪霊、にせ預言者たちと永遠に苦しみ続けるようなことになるなどと考えたこともなかったでしょう(黙示録20章10節―15節)。ところで、イエス様は「父はさばきを行う権を子に与えられました。」と仰せられました、ですから、今日の聖句は「私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に行われるのです。」とさばく方はイエス様であることを語っています。ところで、イエス様は「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。(ヨハネの福音書5章24節)」と、仰せられました。キリスト者の全生涯の罪は十字架で支払われているので、私たちの行いではなく恵みによって神からの称賛が与えられ(コリント人への手紙第一4章5節)主と同じような栄光のからだをいただいて(ピリピ人への手紙3章21節)主とともに天国で永遠に生き続けるというすばらしい将来が与えられているのです。人々にとって一番必要なのはキリストであることを(ヘブル人への手紙7章26節)心に据えて人々の救いのために祈ろうではありませんか。