真理の愛のうちに、父なる神と御父の御子イエス・キリストから恵みとあわれみと平安は、私たちとともにあります。(ヨハネの第二の手紙3節)

1.ヨハネの福音書114節―17
2.ローマ人への手紙4章25節ー5章5節
3.エペソ人への手紙41節―15
4.ヨハネの手紙第一49節―10

一般社会において人々が持ち合わせている愛は、家族愛、友情、男女間における愛であって、その根底には「自分」というものがあるために愛が冷えてしまうということがあるのではないでしょうか。興味深いことにペテロは「あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。(ペテロの手紙第一1章22節)」と、「偽りの愛」があることを示唆するとともに、「偽りのない兄弟愛」を得る秘訣は、たましいが清められていることであり、そのためには真理に従う必要があることを語っています。ヤコブの手紙1章20節―21節に「心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたのたましいを救うことができる。」とこの世の汚れや肉の思いから救われ、たましいが清められるためにみことばが必要であることを語っています。なぜなら、みことばは真理だからです。ところで、今日の聖句は「真理の愛のうちに、父なる神と御父の御子イエス・キリストから恵みとあわれみと平安は、私たちとともにあります。」と、真理の愛、すなわち神の愛によってキリスト者にはこの世が与えることのできない恵みとあわれみと平安(ヨハネの福音書14章27節)が、私たちの感情がどうであれ、いつもあることを語っています。なぜなら、私たちの失敗や過ちでさえも主に明け渡すなら、すべてのことを働かせて益としてくださるからではないでしょうか(ローマ人への手紙8章28節)。パウロは自分のみじめさを思い知らされましたが、キリスト・イエスにある神の愛から引き離すことができるものは何もないという確信をもたれました(ローマ人への手紙8章34節―39節)。彼は、神の愛は敵をも愛する愛であり、その愛は十字架にかけられた御子イエス様によってはっきりと示されたことを、人の愛とはるかに違う真実な愛であることを知ったからではないでしょうか。今日の聖句を心に据えて、パウロと同じような確信をもって生きるとともに、永遠の愛を求めている人々(箴言19章22節)が主の愛を知ることができるように祈ろうではありませんか。