わたしたましいが私のうちに衰え果てたとき、私は主を思い出しました。私の祈りはあなたに、あなたの聖なる宮に届きました。(ヨナ書2章7節)

1.申命記81節―18
2.詩篇1031節―14
3.イザヤ書465節―13
4.ローマ人への手紙425節―59

ヨナは主から「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」と言われていたにもかかわらず、彼は船に乗ってタルシュシュへ逃れようとしたために主は暴風を起こされたので船が難破しそうになったとき、ヨナは自分が原因であることを人々に話され彼を海に投げるように進言したので人々がそのようにすると海は静かになったのですが、彼は大きな魚の腹の中で「私はあなたの目の前から追われました。しかし、もう一度、私はあなたの聖なる宮を仰ぎ見たいのです。」と申し上げると主は彼の願いをかなえてくださったのでした。今日の聖句「わたしたましいが私のうちに衰え果てたとき、私は主を思い出しました。私の祈りはあなたに、あなたの聖なる宮に届きました。」は魚の腹の中にいたヨナのことばです。私たちはみことばよりも自分の考えや思いに支配されてさまざまな問題を引き起こして後悔するようなことが多々ありますが、「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。主はあなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに恵みとあわれみの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。(詩篇103篇2節―5節)」と「もしも私の心に不義があるなら、主は聞き入れてくださらない。しかし、確かに、神は聞き入れ、私の祈りの声を心に留められた。ほむべきかな。神。神は、私の祈りを退けず、御恵みを私から取り去られなかった。(詩篇66篇18節―19節」と、告白しているダビデやヨナのように、パウロのように自分を見て失望するようなとき、生きる力を失うようなとき、罪人を救うという父から与えられた使命を十字架の死をもって忠実に果たされた主は、私たちの弱さを私たち自身以上によくご存知なだけでなく、恵みとまことに満ちておられ、私たちの祈りをお聞きくださるだけでなく、とりなしていてくださる方であることを思い起こし、主を信頼するとともに主をほめたたえようではありませんか。