人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのち与えるためなのです。(マルコの福音書10章45節)
1.ネヘミヤ記5章14節ー19節
2.ヨハネの福音書13章1節ー17節
3.ピリピ人への手紙2章3節ー11節
4.ペテロの手紙第一4章7節ー11節
ヤコブとヨハネが「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください。」と、イエス様に申し上げたことを聞いて他の十人が腹を立てたので、イエス様は「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められる者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。」と世の人々のように生きないように仰せられてから、弟子たちに「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのち与えるためなのです。」と仰せられただけでなく、足を洗う仕事は当時奴隷の仕事であったにもかかわらず、弟子たちの足を洗ってから「わたしがあなたに何をしたか、わかりますか。・・主であり師であるこのわたしがあなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。(ヨハネの福音書13章4節ー5節及び14節ー15節)」と仰せられ、祭司長、民の長老たちからねたまれて犯罪人バラバの代わりに十字架にかけられたのですが、その前にイエス様は「あなたがわたしを遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。」と語っています。エルサレムの城壁を再建するためにエルサレムに総督として遣わされたネヘミヤは神を畏れていたので、民にいばりちらすようなことをしなかった、と語っています。私たちはこの世に属する者ではなく、神と人に仕えるようにイエス様によってこの世に遣わされたことを、忘れないようにしようではありませんか。
