私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力に支えられるためでした。(コリント人への手紙第一2章4節―5節)

1.マルコの福音書13章9節―11節
2.ヨハネの福音書1612節―15
3.使徒の働き6章1節―10節
4.ローマ人への手紙15章14節―19節

聖霊に満たされたイエス様は悪魔の試みを受けるために御霊に導かれて荒野に上りましたが、みことばをもって対処し、悪魔の誘惑に勝利したイエス様は聖霊の力を帯びてからガリラヤに帰られて人々を教えたり(ルカの福音書4章1節−21節)、ゼブルンとナフタリとの境であるカペナウムに来て住まわれから宣教の働きを始められたのでした(マタイの福音書4章1節―17節)。パウロは教会を迫害していましたが、主は視力回復と聖霊に満たされるために視力を失ったパウロのもとにアナニヤを遣わされたのでした。聖霊に満たされたパウロは「私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力に支えられるためでした。」と語っています。聖霊に満たされた弟子たちは御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばを話しだしましたが(いわゆる異言)、それはさまざまな国の人々がご自分の国のことばで神の大きなみわざを聞くためでした(使徒の働き2章1節―11節)。「聖霊のバプテスマ」を受けたかどうかを「異言」を話せるかどうかで判断する方がおられますが、使徒の働き2章だけでなく、使徒の働き4章1節―31節にペテロとヨハネから報告を受けた弟子たちが、みことばをもって祈りをささげると一同は聖霊に満たされて、神のことばを大胆に語り出したとあります。イエス様をはじめ使徒たちやパウロに見られるように「聖霊のバプテスマ」は宣教のためであることがわかります。元世界福音同盟の議長をされておられたキム・サンボク先生は、WOGA聖会で詩篇85篇6節―7節をもって、リバイバルはクリスチャンのため、クリスチャンでない方々には伝道、と話されました。使徒の働き2章46節ー47節はキリスト者が心を一つにして神を賛美し、すべての民に好意を持たれれていたので、主が毎日救われる人々を仲間に加えてくださった、と、使徒の働き9章31節は信者が増える秘訣は敬虔と聖霊の働きであることを語っています。御霊によってさまざまな賜物が与えられますので、賜物に注目してしまいがちになりやすいものですが、聖霊のバプテスマの目的をはき違いないように、聖霊の力に満たされて福音宣教の働きが前進するように、教職者はじめ兄弟姉妹のために、世界中の教会のために祈ろうではありませんか。