主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。(詩篇34篇8節)

1.詩篇1031節―14
2.マタイの福音書11章28節ー30節
3.ローマ人への手紙56節―11
4.ローマ人への手紙828節―39

イザヤ書46章3節―8節は「わたしに聞け。ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは背負って、救い出そう。わたしをだれになそらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。袋から金を惜しげなく出し、銀をてんびんで量る者たちは、金細工人を雇って、それで神を造り、これにひざまずいて、すぐ拝む。彼らはこれを肩にかついで運び、下に置いて立たせる。これはその場からもう動けない。これに叫んでも答えず、悩みから救ってもくれない。このことを思い出し、しっかりせよ。そむく者らよ。心に思い返せ。」と、主とこの世の神々との違いをはっきり語るとともに、一生涯私たちを背負ってくださるだけでなく、日々私たちのために重荷をになってくださっているのです(詩篇68篇19節)。ペテロは「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい、神があなたがたのことを心配してくださるからです(ペテロの手紙 第一5章7節)」と、パウロも「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節)」と、思い煩うよりも、今日の聖句も「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。」と勧めているように、主がどのような方であるかを思い起こし、悩みや思い煩い、重荷を主に明け渡し、どんな状況にあっても主を信頼し、心と思いが守られるという幸いな人生を歩ませていただこうではありませんか。