私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主であるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。(コリント人への手紙 第一 8章6節)

1.ヨハネの福音書11節―5節
2.ローマ人への手紙11章33節ー36節
3.ヘブル人への手紙1章1節―3節

イエス様は罪人を救うために人としてこの世に遣わされたので、さまざまな宗教の教祖と同じようにキリスト教の教祖のように考える人々がおられますが、ヨハネの福音書1章1節―3節は「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」と、ヘブル人への手紙1章2節―3節が「神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。」と、イエス様のことを「ことば」と紹介するとともに神であることを、すべてのもの、すなわち人を含め天地万物はイエス様によって創造されただけでなく、今も主が万物を保っていることを語っています。主は「知恵ある者は自分の知恵を誇るな。つわものは自分の強さを誇るな。富む者は自分の富を誇るな。誇る者は、ただ、これを誇れ。悟りを得て、わたしを知っていることを。(エレミヤ書9章23節―24節)」と、まことの神を知ることこそ人にとって一番大切なことであることを語っています。この世の知者、指導者でもノーベル賞をいただくほどの知能を持っておられる方でも多くの方々はまことの神を知らないために、祖先崇拝や伝統に則った偶像崇拝をしており、いまだに地球や人の誕生を探究していますが、キリスト者を迫害するために向かっていたダマスコの途上で主から声をかけられ、キリスト者となったパウロは「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主であるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。」と、神を知る者、人の存在はキリストにかかっていることを語っています。自分のために生きるのではなく、恵みに満ちておられる主のご計画の中で生かされていることを心に留め、この世の人々のように他者と自分を比較して優越感に浸ったり、劣等感に悩むような生き方をしないようにしようではありませんか。