神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ書30章15節)

1.詩篇37 1節―9
2.イザヤ書71節―9
3.ゼカリヤ書210節―13

このところ、毎日コロナウイルスに関する情報が報道されていますが、解説される人によって微妙に内容が違うような点があるために、混乱を招いている状況があるのではないでしょうか。しかし、それはコロナウイルスだけでなく情報が錯綜して混乱を招いたり、判断ミスをして惨事を招いてしまうようなことが繰り返し、繰り返し、人類が経験してきたことであり、個々人の日常生活にもよくありがちなことではないでしょうか。イエス様と寝食をともにし、数々の奇蹟を見た弟子たちは、イエス様がエルサレムで長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示されましたが、ペテロは「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなに起こるはずはありません。」と言われたように、まさかイエス様が何の抵抗もせずに捕らえられ、バラバの代わりに十字架の刑に服するなどと、弟子たちは思っていなかったでしょう。しかし、イエス様は父のみこころをご存知で、苦しみの中にあってもことば数少なく(イザヤ書53章7節)、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」と仰せられて息を引き取られたのでした(ルカの福音書23章46節)。今日の聖句に「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。』」と、主の助言が書かれていますが、その後「しかし、あなたがたは、これを望まなかった。」と、人の弱さを語っています。とかく何か予想外のことが起こると、主の前に静まることよりも、パニック状態に陥って何とかしようともがいてしまうのではないでしょうか。死からよみがえられたイエス様にお会いしたペテロは、キリスト者は主の守りの中にあるけれども、さまざまな試練に会うことを語るとともに(ペテロの手紙 第一 1章5節―7節)、「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(ペテロの手紙 第一5章10節)」と、試練や苦しみの背後に主の大いなるご計画があることを語っています。主が仰せられたように、主に立ち返る、すなわちこの世や自分の考えではなく、心を主の方に向け、主を信頼し、主から力をいただいて生きようではありませんか。