どうか、平和の主ご自身が、どんな場合にも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。(テサロニケへの手紙 第二3章16節)

1.ヨハネの福音書1422節―27
2.ピリピ人への手紙44節―9
3.コロサイ人への手紙32節―15

今日の聖句「どうか、平和の主ご自身が、どんな場合にも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。」は、「牢にいれられたことも多く、また、むち打たれたことは数えきれず、死に直面したこともしばしばでした。ユダヤ人から三十九度のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、にせ兄弟の難に会い、労して苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このような外から来ることのほかに、日々私に押しかかるすべての教会への心づかいがあります。だれが弱くて、私が弱くない、ということがあるでしょうか。だれかがつまずいていて、私の心が激しく痛まないでおられましょうか。もしどうしても誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。主イエス・キリストの父なる神、永遠にほめたたえられる方は、私が偽りを言っていないのをご存知です。(コリント人への手紙 第二 11章23節−31節)」と私たちの想像を絶するほどの苦難にあったパウロの祈りのことばです。ところで、イエス様は昇天される前「わたしは天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国々の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。(マタイの福音書28章18節―20節)」と弟子たちに仰せられましたから、神との平和を確立してくださった主、すなわち平和の主イエス様はどんな時にも、ともにおられるのですが、思い煩うような事や心配するような事が起こると、感情に支配されて主がともにおられることを忘れて落ち込み、自分には信仰がないから、などと自分をさばいてしまうようなことがあるのではないでしょうか。そのような時、私たちの弱さをよくご存知でとりなしていてくださるだけでなく信仰を完成させてくださるのはイエス様であることを思い起こしてパウロが「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節)」と勧めているように、主が祈りをお聞きくださっていることを感謝して祈るなら、平和の主に立ち返ることになり、主がともにおられることを体験できるのではないでしょうか。