主の救いを黙って待つのは良い。(哀歌3章26節)

1.出エジプト記14章1節―14節
2.ヨシュア記6章10節―20節
3.イザヤ書46章3節ー13節
4.ヘブル人への手紙3章17節―4章11節

ヤコブの手紙1章20節ー21節は「人の怒りは、神の義を実現するものではありません。ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。」と、イエス様を信じることによって、罪や死、サタンの支配から救われていますが、日々の生活において「たましいの救い」の必要性とみことばの大切さを語っています。主はヨシュアに「あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」とエリコに対する戦略を与えましたが、今日の聖句が「主の救いを黙って待つのは良い。」と勧めているように、ヨシュアは民に「私がときの声をあげよと言って、あなたがたに叫ばせる日まで、あなたがたは叫んではいけない。あなたがたの声を聞かせてはいけない。また口からことばを出してはいけない。」と、民に私語を慎むように命じられたのは、民が主の約束を信じないでつぶやいて罪を犯したのを彼らが主が与えた戦術に疑問を投げかけてつぶやかないように配慮したのではないでしょうか。箴言17章27節は「自分のことばを控える者は知識に富む者。心の冷静な人は英知のある者。」と語っています。主は「わたしに聞け。強情な者、正義から遠ざかっている者たちよ。わたしはわたしの勝利を近づける。それは遠くはない。わたしの救いは遅れることがない。わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの光栄を与える。(イザヤ書46章12節ー13節)」と仰せられました。ですから、ソロモンは「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(伝道者の書3章11節)」と語っているのではないでしょうか。今日の聖句が、ヨシュアが民に勧告したように、救いは主によってもたらされることを心に据えて主を信頼し、私語を慎み、主の前に黙して主の救いを待ち望もうではありませんか。