神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ人への手紙8章28節)

1.創世記50章15節ー21節
2.使徒の働き26章2節ー23節
3. コリント人への手紙第一15章3節ー11節
4.テモテへの手紙第一1章12節ー17節 

兄弟たちからねたまれてエジプトに売られたヨセフは「ヨセフはわれわれを恨んで、われわれが彼に犯したすべての悪の仕返しをするかもしれない」と恐れ、「私たちはあなたの奴隷です。」と言った兄弟たちに「恐れることはありません。どうして私が神の代わりでしょうか。あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなされました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたや、あなたがたの子どもたちを養いましょう。」と、兄弟を慰め優しく語りかけたのでした(創世記50章15節―21節)。パウロも「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれも受けたのです。私たちの主の、この恵みは、キリスト・イエスにある信仰と愛とともに、ますます満ち溢れるようになりました。」と、神の恵みを知る者となされ「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」と、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを体験されたのではないでしょうか。ペテロは「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。(マタイの福音書26章33節)」と豪語されましたが、イエス様が預言されたように彼は三度イエス様を知らない、と言い挫折したのですが、その経験は信仰はキリストによって与えられるものであることを(使徒の働き3章16節)、「あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えらた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです(ペテロの手紙第一1章21節)」と真理を見出したのでした。日々の生活のさまざまな出来事をもって主は私たちが、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを知っているかどうかを知らせてくださるのではないでしょうか。理解できないようなことがあっても、人の計る悪さえも、益としてくだる主を信頼して生きように心がけようではありませんか。