わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。(ヨハネの福音書15章4節)

1.詩篇90篇16節ー17節
2.ヨハネの福音書8章1節ー12節
3.ガラテヤ人への手紙5章13節ー24節
4.エペソ人への手紙5章3節ー10節

イエス様は「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません」と仰せられました。ところで、その実について聖霊に満たされたパウロはガラテヤの諸教会に、まず「御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。」と語ってから「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このような物を禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまな情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。」と語っていますが、聖霊はイエス様を信じた者にのみ与えられているのです(ヨハネの福音書7章37節ー38節)。律法学者とパリサイ人が姦淫の場で捕えられた女性を民衆の真ん中に置いて「モーセの律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」と何度も尋ねた彼らにイエス様は「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」と答えると年長者から始めて、民衆はみな去ったのでした。イエス様は彼女に「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」と注意されてから、去らなかった律法学者やパリサイ人たちに「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。(ヨハネの福音書8章1節ー12節)」と仰せられたように、イエス様はご自分のことを「世の光」と仰せられただけでなく弟子たちに「あなたがたは世界の光(口語訳:世の光)です。」と仰られました。ですから、パウロはエペソの聖徒たちに「あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。ー光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。ー(エペソ人への手紙5章3節ー10節)」と語ったのではないでしょうか。豊かな実を結ぶために、ヨハネ(ヨハネの手紙第一2章6節)もパウロ(エペソ人への手紙4章26節ー32節)も勧めているように、キリストにつく者として、キリストを見習って歩むように心がけようではありませんか。