私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。(詩篇121篇1節ー4節)

1.創世記1章1節ー31節
2.出エジプト記13章17節ー22節
3.ヨハネの福音書1章1節ー3節
4.ヘブル人への手紙1章1節ー12節

約十年前、主人は雲に覆われていた剱岳の小窓の尾根にそびえる岩を数百メートル登ったとき、突然雲が切れて突然目の前に巨岩「小窓の王」が現れ、その威厳に衝撃し、度肝を抜かれたそうですが、そのような岩山を創造された主の偉大さを思わされたそうです。主人は全日本山岳写真協会の会員で、何年前か忘れましたが、協会の記念会で演奏を依頼された時、演奏だけでなく、「人は山を拝んだりしますが、私は山ではなく、山を創造された主の偉大さを思います。」と証ししました。多くの方は山に登り、大自然が織りなす景色に感動し、新鮮な空気を吸い、心もさわやかにされ、山を愛すされますが、今日の聖句は「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。」と、山を見ながら、山を創造された主を見ているとともに「主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。」と主がどのような方なのかを語っています。主はイスラエルの民の先に立っていかれ、夜は火のうち、昼は雲のうちにあって、進んで行く道を示されたように(申命記1章33節)、常に共におられたのでした。主イエス様は天と地を造られた私たちの助け主であり、昇天されてから、イエス様を信じる者にはもうひとりの助け主、聖霊を与えてくださっているように、私たちの助けは三位一体なる神から来ることを心に据えて、信仰の完成者であり、すべてのことを益としてくださる主を仰ぎ見ると共に、パウロが「神の全能の力の働きによって、私たちを信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように(エペソ人への手紙1章19節)」と祈っておられるように、聖霊様によってもたらされる神の力を体験させていただこうではありませんか。