主は正しく、正義を愛される。直ぐな人は、御顔を仰ぎみる。(詩篇11章7節)

1.創世記18章17節ー33節
2.ヨブ記16章19節ー21節
3.コリント人への手紙第一1章26節ー31節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー3節

主はアブラハムに「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、また彼らの罪はきわめて重い。わたしは下って行って、わたしに届いた叫びどおりに、彼らが実際行っているかどうか見よう。わたしは知りたいのだ。」と話されると、アブラハムは「あなたはほんとうに、正しい者も、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。」と申し上げるとともに五十人から始まって最終的に「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやその町に十人見つかるかもしれません。」と申し上げると主は「滅ぼすまい。その十人のために。」と約束されたのは、今日の聖句が語っているように、主は正しく、正義を愛される方だからではないでしょうか。ヨブが子どもたちはじめ所有物を失い、彼自身も悪性の腫物で悩まされたのは、主がサタンに「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。」と仰せられたので、サタンは主が祝福しているから、自分が苦しんでいないから、と申し上げて祝福がなくなりヨブ自身が苦しみに会えば神をのろうように違いない、と申し上げたので主はサタンがヨブを試みることを許されたのですが、ヨブも三人の友も主とサタンとの会話など知りませんから三人の友はヨブに悔やみを言って慰めようとしたのですが、ヨブがヨブとわからないような状態を見て、ヨブの信仰のあり方を非難したため病いの苦しみの上に精神的なダメージを受けたヨブは今日の聖句が「直ぐな人は、御顔を仰ぎみる」と語っているように、「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。(ヨブ記16章19節ー20節)」と主を仰ぎ見たのでした。私たちの心が元気を失い、疲れ果ててしないために、十字架をも忍ばれた信仰の創始者であり完成者であるイエス様を仰ぎ見て生きるように心がけようではありませんか(ヘブル人への手紙12章2節ー3節)。