どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。(ローマ人への手紙15章13節)
1.使徒の働き4章5節ー31節
2.使徒の働き5章27節ー41節
3.ローマ人への手紙4章25節ー5章5節
4.ペテロの手紙第一1章3節ー9節
パウロはアテネが偶像で満ちているのを見て「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。(使徒の働き17章22節)」と、信仰深いとは言わずに宗教心にあつい、と語っているのはペテロが生まれつき足のなえた人がいやされたのは「イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。(使徒の働き3章16節)」と、ヘブル人への手紙12章2節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」と語っているように、パウロは「どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。」と、この世や私たちの努力ではなく望みの神が、私たちに与えられた信仰によって喜びや平安で満たしてくださるように祈っておられますが、私たちの信仰はイエス様によって与えられているものであり、ペテロが「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。(ペテロの手紙第一1章3節-4節)」と、神が与えてくださる望みに関する保証を語っています。聖霊の力に満たされた弟子たちは、むちで打たれ、イエスの名によって語ってはならないと言われましたが、驚くべきことに「使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。(使徒の働き5章40節ー41節)」と迫害に会ったことを喜んでいたのでした。パウロは「私たちはこの世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは恵みによって神から私たちに賜ったものを知るためです。(コリント人への手紙第一2章12節)」「聖霊の力によって」と語っているのは、神から私たちに賜ったものを教えてくださるからではないでしょうか((コリント人への手紙第一2章12節)。決して消滅することのない恵みや祝福が与えられていることを忘れないようにしようではありませんか。
