私が叫ぶとき、答えてください。私の義なる神。あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました(2017年訳:追いつめられたときあなたは私を解き放ってくださいました)。私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。(詩篇4篇1節)
1.詩篇89篇11節ー17節
2.詩篇98篇1節ー9節
3.マルコの福音書14章32節ー50節
4.ローマ人への手紙3章19節ー30節
ダビデは「私が叫ぶとき、答えてください。私の義なる神。」と、叫ばなければならない状態にあって、自分が信じている神は義なる方であることを告白するとともに「答えてください。」と懇願しておられるだけでなく、過去において窮地に追い込まれたとき、主が救ってくださったことを思い起こしてから「私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。」と、再度懇願しておられます。イエス様はゲッセマネの園でもしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈るとともに「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままをなさってください。」と、聖書が、神のご計画が成就することを願われたのでした。神のあわれみを、恵みを受けたパウロは「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの備え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られた空です、それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。(ローマ人への手紙3章23節ー26節)」と、私たちの神は義なる方であり、神の義が救いをもたらすことを語っています。イエス様は弟子たちにまず「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。」と仰せられてから「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」と、励まされました。苦しい時、今日の聖句を思い起こし、信仰の創始者であり完成者であり、救いをもたらしてくださる神の義であり復活をもって勝利をおさめられたイエス様を仰ぎ見て祈ろうではありませんか。
