私があなたに呼ばわるとき、あなたは近づいて、『恐るな』と仰せられました。(哀歌3章57節)
1.イザヤ書41章1節ー14節
2.イザヤ書43章1節ー7節
3.ダニエル書10章4節ー19節
4.マタイの福音書10章24節ー31節
アダムは主から「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と直接警告を受けていましたが、主から直接警告のことばを聞いていなかったエバは「あなたがたは決して死にません。」と主のことばを完全に否定したサタンのことばを信じて食べてからアダムに渡したのでアダムも食べた結果、主の声を聞くと神である主の御顔を避けて身を隠したアダムが「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。」と主に申し上げたように、恐れは罪を犯した結果起こったのでしたが、主はアダムとエバのために皮の衣を作って着せてくださったのでした。主がモーセの後継者ヨシュアに対して「強く雄々しくあれ。」と二度励まされてから三度目には「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」と仰せられましたし(ヨシュア記1章6節ー9節)、イエス様は三度も人を恐れないように仰せられましたし(マタイの福音書10章24節ー28節)、ペテロや弟子たちにも「あなたがたは心を騒がしてはならない。(ヨハネの福音書14章1 節)」と、「私があなたに呼ばわるとき、あなたは近づいて、『恐るな』と仰せられました。」と今日の聖句が語っているように、思い煩いや恐れに支配されないように励ましてくださっています。迫害にあっていたパウロは「神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。(ローマ人への手紙8章30節ー31節)」と語っています。ヨハネは「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。(ヨハネの手紙第一4章18節)」と、パウロはキリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことができるものは何もないことを語っています(ローマ人への手紙8章39節)。天地万物を創造された主がいつもともにいてくださることを、神に愛されていることを忘れないようにしようではありませんか。
